李登輝元総統がお亡くなりになり、多くのメディア等でその死を惜しむと同時に、先生の功績などを取り上げています。いかに台湾の民主化に尽くし、日台友好に貢献してくださったかなど、どの記事も李登輝先生の功績を称え、改めてその偉大さを認識させられました。そしてまた、Facebookなどでは、多くの日本人が李登輝先生と一緒に写った写真を披露し、哀悼の意を唱えている記事が多く上がっているのを見るにつけ、李登輝先生は本当に日本人に人気があったのね、と実感させられます。

この度、李登輝先生の死にあたり、先生とは20年以上もの交流があり、可愛がっていただいていたこともあり、何か書こう、と思ったのですが、前述のとおり先生の偉大なる功績などは、メディアにてもう紹介されつくしています。今更、私が書くのも面白くないので、そこで、もう少しソフトなお話、李登輝先生の意外な一面をご紹介しようと思います。

李登輝先生とは、「台日文化交流会」主催のイベントがある度に司会進行の大役を仰せつかり、ご縁を頂くこととなりました。
20年位前のイベントでは、もう総統の座は降りていたとはいえ、まだまだお忙しい身の上、我々のイベントに顔を出してくださるものの、10~20分程度のご予定でした。そして壇上に上がってスピーチをしてくださるのですが、語り始めると熱くなられてしまい、時間をオーバーしてしまうんです。もちろんお客様は大喜びで先生のお話に耳を傾けているのですが、先生のSPはイライラ。司会者の私に「もうやめさせください」なんて言ってくるのですが、壇上で熱く語っていらっしゃる先生を止める、なんてヤボなことをできるわけもなく・・・それに内心ではいくらでも話し続けていただきたいわけで~♪

また、ある時のイベントでは、椅子を用意しておいたにもかかわらず、立ったまま30分以上もお話し続け、ありがたいと同時に当時はもう80歳を超えていらっしゃったのですから、その体力気力には感服いたしました。
このように先生は、私たち日本人にお話しなさる時には、いつでも本気で熱く語ってくださっていたのです。

そしてまた、先生の米寿のお祝いを主催した時は、まずは先生にその趣旨をお話しするためにお伺いしたのですが、「ほう、日本人の皆さんが私のためにお祝いを~♪」ととても嬉しそうなお顔をなさいました。そしてその当日、約200名もの日本人が集まり、先生の米寿のお祝い会を催しました。奥様とご一緒にご参列頂いたので、先生に奥様への花束贈呈をしていただく準備をしていました。ちょっとしたいたずら心が出てしまった私は、花束贈呈と同時になんと「ハグ」をお願いしました。ちょっと困らせちゃおう~くらいのノリだったのですが、なんと先生は「キスでもいいよ」と応えてくださり、皆の前で奥様の頬にやさしく「チュッ」となさったのです。先生のノリの良さにマジで驚きました。もうご来場の200名の日本人からは、大喝采です(笑) 李登輝先生の意外な一面を見ることができた素敵な米寿のお祝いの会となりました。

ところで、私は占い師でもあるので、先生の手相を何度か拝見しているのですが、ある時、奥様の前で「私の恋愛運はどうかね?」と、わざと質問なさいました。どんな難しいご質問よりも答えづらく、困らせていただきました(笑) また、先生の手は、俗にいう「マスカケ」という手相です。これは人の上に立つ手相として有名なんです。先生に「マスカケですね」と申したところ、その単語の意味を先生はご存じなく、また私も中国語がわからず・・・そこで私は「このマスカケという手相は徳川家康もそうだったんですよ」と申し上げたところ、たいそうお喜びになられました。そのあと、何かのパーティーでたまたまお目にかかった時に、周囲の政治家たちに「彼女は手相見で、私の手相は徳川家康と一緒だ、と言ってくれたんだ、ハハハ~、あんたたちも見てもらいなさい」とそれはそれは嬉しそうにおっしゃってくださいました。どうやら徳川家康と一緒、というのが甚くお気に召したようです

とまぁ、李登輝先生との思い出を語るとキリがないのですが、あえて先生のお茶目な面を紹介させていただきました。先生の偉大なる功績だけではない、このような人間味あふれる素敵なオジサマだった面も皆様に知っていただければ嬉しい限りです。

最後に先生にお目にかかったのは、昨年の10月、先生が一年以上ぶりに人前に出られた時です。その時にお帰り際に握手をさせていただいたのですが、とても力強く握り返してくださったので、まだまだお迎えは来ない、と安心していたのです、この度の訃報を聞き、本当にショックでした。最後に先生のご冥福をお祈りすると同時に、
『先生、天国から台湾と日本、そして世界が平和でいられますよう、見守ってくださいませ』

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